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若き職人 廣瀬雄一さんが語る「凛として媚びない美しさが魅力の江戸小紋」

2016.12.27
廣瀬染工場 四代目・廣瀬雄一さん

新宿区落合の老舗江戸小紋工房「廣瀬染工場」の四代目・廣瀬雄一さん。幼少期から大学時代までウインドサーフィンに打ち込み、シドニーオリンピックの強化選手にまで選ばれたという、伝統工芸の職人としては異色の経歴を持つ廣瀬さんですが、いまではその技術の確かさと若く斬新なセンスが話題を呼び、業界を超えて注目される若手職人のひとりです。そのバイタリティの源と、江戸小紋を通じて感じる日本の美意識についてお話を伺いました。

伝統の技術を受け継ぎ、つないでいく一流の職人へ

見ているこちらが息を止めたくなるほどピリッと緊張する作業場で、真剣なまなざしかつ軽やかな動きで型入れを行う姿を見せてくださいました。

― 伝統を継承する江戸小紋職人の仕事とはどのようなものですか?

廣瀬染工場 四代目・廣瀬雄一さん

廣瀬さん:「江戸小紋は染色の伝統技法ですが、職人の技術だけでなく、染めの材料や型紙などの道具がどれ一つ欠けても本物の江戸小紋の反物は完成しない。伝統工芸を後世に継承すべきと簡単に言うけれど、その技を維持していくには業界全体を維持する必要があるんです。

たとえば江戸小紋には欠かせない伊勢型紙は、型紙の彫師は後継者不足だし、良質の柿渋も手に入りにくくなっている。産業の振興には"売れる"ことが必要不可欠ですが、儲かる、という視点だけで作りたくはない。伝統の職人がもつ"日本の技"をもっと知ってもらい、価値が高まっていけば理想的だなと思います。それには日本だけでなく世界にもっと江戸小紋の魅力を広めたいと思っています」

江戸小紋の型付け
白生地に型紙をつかって糊を置く型付けは、ムラにならないよう慎重に行う
廣瀬染工場
約7mのモミの一枚板に生地を貼り付け型付けを行う

― 大学卒業後にウインドサーフィンの道を断ち、家業を継いで江戸小紋の職人になることに迷いはなかったのですか?

廣瀬さん:「当初は30歳ぐらいまでに決めればいいかと軽く考えていたところがありました(笑)。しかし職人になるなら大学卒業後だとリミットをきられて、やってやろうじゃないかと。

実際修業に入ると、簡単なことではないことに気づきました。型付けの作業は集中力と緻密さが求められ、染めの工程は経験とセンスが必要になる。また、職人の仕事は黙々と作り続ける地味な世界でもあります。

日々を淡々と繰り返し、熟練することでようやく一人前に近づける。でもどうせなら一流になって、廣瀬雄一の江戸小紋が欲しいと言われるような職人になるのが私の目指すところです」

江戸小紋の歴史からひもとく日本の美意識

― 江戸小紋の魅力をひとことで言うと?

廣瀬さん:「江戸小紋は室町時代から存在し、武士の裃に使用されてきた染めの技法です。江戸の中期から後期にかけて町人にも愛される染物として広く親しまれてきました。離れてみると限りなく無地に見える布が、近くに寄ってみるととても細かな紋様が描かれています。『鮫』『格通し』『行儀』の江戸三役といわれる定め小紋をはじめ、『いわれ小紋』と呼ばれる庶民の生活に根差したユニークな意味のある模様や、オシャレ通に愛された『縞もの』など無数に柄のバリエーションが存在するのも魅力のひとつ。

そもそも江戸小紋が発展したのは、江戸後期に幕府から出された奢侈禁止令がきっかけと言われています。贅沢が禁じられ町人の着るものに制限がかかりました。しかし、おしゃれな江戸っ子たちは法の目をかいくぐりながら新しい柄、人とかぶらない色を追及し、染物職人たちが切磋琢磨してそれに応えてきた結果、江戸小紋という高度な染色技術が確立されたんです」

廣瀬染工場 四代目・廣瀬雄一さん
廣瀬染工場 四代目・廣瀬雄一さん
廣瀬染工場で染めた江戸小紋
白地は万筋、オレンジはふくら雀、紫は沢瀉の細かい紋様が染め付けられている

― 江戸っ子のあくなきおしゃれへの探求心の結果というわけですね。

廣瀬さん:「現在でも関東はベーシックカラーが好まれると言いますが、歴史的な背景も関係しているのかもしれませんね。ところで、『四十八茶百鼠』(しじゅうはっちゃひゃくねずみ)を知っていますか? 町人が身に着けても良いとされた藍、茶、鼠の三色から派生したカラーバリエーションを指しますが、これもまた人と違う色を着たいという人々の思いを受けた職人たちが試行錯誤を重ね、『江戸茶』、『銀鼠』など多彩な茶と鼠を生み出したのです。

江戸小紋には"さりげなく、しかし自分なりのおしゃれを楽しみたい"という日本人の美意識が凝縮されているのです。見せびらかす美しさではなく、密かな装いの工夫やおしゃれへの誇り。他に媚びない凛とした美しさを江戸小紋の染物から感じとっていただけるとうれしいですね」

日本女性の繊細な美意識が育んだ精妙な色彩感覚

― 渋い色から鮮やかな色まで、多彩なカラーバリエーションも女性は心惹かれますね。

江戸小紋の染色
色の調合は原材料や気候などによって変化がある。そのため、同じ色を再現することは難しい

廣瀬さん:「柄を染めるための型付けも重要な工程ですが、さらに染めの工程で職人によって個性が際立つ染物になります。日本人、特に日本の女性は色彩感覚が鋭いと言われています。細やかな色の差異を見分けることができるということは、日本女性が繊細な美意識を持っているという証拠。移り変わる四季を愛で、自然を受け入れ続けた日本の風土や文化が日本人の美意識を高め、色彩感覚を豊かに育てたのでしょう。

江戸小紋は白く染め抜いた柄と染め色とのコントラストがはっきりしているほど美しさが際立ちます。先にお話しした茶や鼠といった渋色が江戸小紋の真骨頂ではありますが、現代では染料の種類も増え、鮮やかな色出しも可能になってきました」

ペイズリー柄(手前)と昼夜桜(奥)の江戸小紋。廣瀬雄一さんのオリジナル
ペイズリー柄(手前)と昼夜桜(奥)の江戸小紋。廣瀬雄一さんのオリジナル

―着物の色・柄選びは難易度が高そうに感じます。

廣瀬さん:「色には流行があって時代によって変遷するものですが、あえて年齢層などは意識せずに似合う色、欲しい色を求めてみてください。肌や目の色、年齢によって似合う色、好む色は千差万別。色の好みや感覚は極めて主観的なものなので、誂えが可能ならば沢山コミュニケーションをとりながら、お客様のイメージ通りの色を表現したいと思っています」

今を生きる女性に伝えたい、江戸小紋の魅力

星をモチーフにしたストール(廣瀬染工場オリジナル)
星をモチーフにしたストール(廣瀬染工場オリジナル)。星の紋様は現代のデザインのように思えるが、江戸時代から存在していた

― maico読者に江戸小紋の魅力を伝えるとしたら、どんなアイテムがおすすめですか?

廣瀬さん:「江戸小紋の究極の美しさは着物でこそ表現されると思っていますが、繊細な紋様が織りなす表情や色の魅力、本物の絹をまとう感覚は『comment?』で展開しているストールなどから試してもらうのがいいかもしれません。世界の名品、ブランド品を知り尽くした大人の女性が私のストールを気に入ってくれたりすると、とてもうれしく感じますね。夢は世界のオートクチュールに江戸小紋を使ってもらうことです」

― 廣瀬さん自身は、美意識を高めるための工夫はされていますか?

廣瀬染工場 四代目・廣瀬雄一さん

廣瀬さん:「オフは基本、海にいるのですが、大きな怪我をしてリハビリのためにヨガにのめりこんだことがあります。ヨガを突き詰めるうちに1週間フルーツのみで過ごす、"フルータリアン"生活をしたことも。余計なものがそぎ落とされ、感覚が研ぎ澄まされてとても快調になりますよ。フルーツが大好きなんです。お洒落もライフスタイルもさっぱりとして、盛りすぎないのが好みですね」

<廣瀬雄一(ひろせ ゆういち)プロフィール>

1978年生まれ。廣瀬染工場4代目。10歳から始めたウインドサーフィンでシドニーオリンピックの強化選手として、世界を転戦。大学卒業後は家業である染め物という日本の伝統文化を持って海外に挑戦したいという夢をもち、江戸小紋を世界に向けて発信中。
「comment?」ストールは、銀座三越・本館7F「Japan Edition」、および日本橋三越・本館4F「華むすび」コーナーにて常設販売。 着物は、銀座三越・本館7階の「サロン ド きもの」にて取り扱い。

江戸小紋 廣瀬染工場 http://www.komonhirose.co.jp/

Text:Hiroko Nakayama
Photo:Mina Imai